第7回オンライン音楽講義を終えて

先日の講義は、ベートーヴェンの第九番交響曲についてでした。
他の交響曲と違い、ベートーヴェン=シラーの歌詞が付いている為、
一般的にはベートーヴェンのメッセージがより受け取りやすいと考えられますが、
だからこその誤解や誤訳も多く、その解釈は複雑を極めると思います。

そもそも音楽作品に対して、解釈や分析などをするのはおこがましく、
まして中途半端な知識で演奏したりレッスンをすることも、
作曲家への冒涜以外の何事でもないと思います。

その上で、この講義では、
他の安易な解釈とは、少し違う角度から作曲家を眺める事を心がけておりますが、
もしかしたら作曲家が意図したものとは全く違う事をお話しているかも知れません。
今後もその様な危惧を持ちながら、恐らく正しいであろうと思われることを、
なるべく史実を元にお話しさせて頂くつもりです。

第九番の交響曲については、
先日もテレビでドイツ人の音楽学者が語っていましたが、
人類皆兄弟であり、人間が平等だと歌ったシラーの歌詞は、
酒席で酔っ払った人々は兄弟となり、平等だとの意味だそうです。
そんな馬鹿な…とは思いましたが、
なかなか作品の真実を見極めるのは難しく、不可能に近いものかも知れません。

哲学的な意味での音楽としては、人間の最高の叡智が示された第九番の交響曲ですが、
次回は宗教的な意味での音楽を、ミサを通して考えてみたいと思います。
日本人にとっては中々に難しいテーマではありますが、
ヨーロッパの音楽とは切っても切り離せない宗教曲的な要素を、
少しお話させて頂きます。

イデア・ミュージック・アカデミー
学院長 中西誠