第8回音楽講義のお礼と学び

1月19日木曜日、第8回目のオンライン音楽講義『ミサについて』が開催されました。

言葉と音楽の深いつながりについては、歌詞付きの作品、バッハの『マタイ受難曲』(第3回)やベートーヴェンの『第九交響曲』(第7回)の講義でも学び、歌詞に使用されている言葉の持つ意味や表情を作曲家たちがメロディにしていく時、どのような工夫をして音楽として表現していったのか、大変興味深く感じていました。今回は、同じ歌詞の内容を持つミサ曲に対してそれぞれの作曲家たちがどのような表現技法で音楽にしていったのか、歴史の流れとともに聴き比べることができ、ますます心ひかれる講義内容となりました。

講義ではバッハ以前の作曲家、ジョスカン・デ・プレやパレストリーナ、シャルパンティエなどのCDも聴くことができ、信仰心がそのまま歌声になっているようなミサ曲の美しさに、心から感動しました。その後、バッハのロ短調ミサ、ヴェルディ、フォーレ、ブラームスのレクイエムなども学びましたが、講義のはじめに、ベートーヴェンのミサソレムニスの2枚のCDを聞き比べ、どちらが好きか、という質問があり、私は普段自分の好みではないと思っているほうのCDに、はりきって挙手をしました。講義の終わりにそのCDの奏者が発表された時は、自分の耳も相当あやしいなとすっかり落ち込みました、、、。もっと勉強しないといけません。反省です。

講義後のディスカッションタイムでは、参加者の中にクリスチャンの方がおられたので、その方からもミサについてさらに丁寧にお話を聞くことができ、本当に有意義な時間でした。

さて、今回の講義を受け、歌詞つながりで、常日頃レッスンの中で疑問に感じていることをもう一度考えてみました。

ミサの歌詞はもともとラテン語で書かれた聖書の言葉でしたが、神学者であり改革者でもあり、さらに音楽家でもあったマルティン・ルター(1483〜1548)がドイツ語に訳したことをきっかけに、その言葉のアクセントに合ったミサ曲が生み出されていくこととなりました。そこからさらに西洋音楽は大きく発展し、広がっていったのです。

少し小さな世界の話になりますが、私は普段子供たちを指導するにあたり、様々な導入教本を使用しています。そしてその多くは歌詞付きのものが多いように思います。子供の音楽への好奇心を高めるために、かわいらしい歌が楽譜に書いてあることは、もちろんよい面もありますが、中には外国から入ってきた歌詞を無理やり日本語に訳したようなものもあり、言葉と音楽の結びつきは、なかなか難しいものだなと感じています。私が制作していく楽譜は、そのようなことも配慮し、西洋とは言葉も異なる文化の日本で育つ子供たちが、無理なく自然に音楽に親しんでいけるようなものにできたらいいなと思っています。

毎回、学びの多い講義で、少しずつ作りたい教本のイメージも固まりつつあります。

次回は第9回 2月16日(木)10時30分〜、ますます楽しみです。

 

イデア・ミュージック・アカデミー
東海教室主任講師
日野あゆみ