昨年7月にスタートした【オンライン音楽講義】も、とうとう本日でアーカイブ配信終了となります。振り返ってみますと、学生時代を終えて子供たちのピアノ指導に携わるにあたりリトミック講座や指導法セミナーのようなものに参加する機会は多くあったものの、今回のような音楽講義を聴く機会はめっきり少なくなっていました。私にとってはまるで学生時代にタイムスリップしたような不思議で贅沢な感覚を味わう一方で、現実的な時間の流れの中ではなかなか終息しないコロナ禍に加えて、ロシアのウクライナ軍事侵攻のニュースを目にしない日はなく、音楽とともにある今の自分の日常はいかに恵まれていて有難いことであるか考えさせられる時間にもなりました。
「子供たちにもっと音楽の素晴らしさが伝わるような導入教本が作れたら、、、そのためにもう一度勉強し直したい!」という私の想いからはじまった今回の講義でしたが、アーカイブ配信も含めたくさんの方々に受講していただくことができ本当にありがたい機会となりました。オンライン上ではありましたが懐かしい再会などもあったり、生徒の保護者様の協力的なご参加や、はじめましての出会いもあり、私にとっては大変嬉しく有意義な時間でした。改めまして受講してくださった皆様に心より感謝申し上げます。
西洋音楽がはじめて日本に伝えられたのは、16世紀のことでした。当時、イエズス会の宣教師たちは学校や教会を設立し、聖歌・讃美歌を教え、パイプオルガンが導入された教会もあったと伝えられています。その後日本は長い鎖国の時代に入りますが、19世紀初頭、例外的に貿易を続けていたオランダからドイツ人医師シーボルト(オランダ陸軍医)によって日本にはじめてのピアノが持ち込まれます。そして明治時代、文明開花の幕開けとともに西洋の文物が急速に日本に流れ込んできました。現代の日本のピアノ教本としても取り入れられている【バイエル教則本】が持ち込まれたのもちょうどこの頃です。
余談になりますが、この春からスタートしたNHKの朝ドラ〝らんまん〟は、幕末から明治・大正・昭和を天真爛漫に生き抜いた高知出身の植物学者の一生を描いたドラマです。世の中の流れが一気に、また大きく変化していく明治時代の様子も描かれ、その中には内国勧業博覧会のシーンなどもあり、「こういう中でバイエルも日本に入ってきたのか〜」と思うと、個人的にとてもワクワクし楽しめる部分がありました。また、少し前になりますが、2月に開催した当アカデミー創立10周年記念コンサートの会場となった〝旧東京音楽学校奏楽堂〟は、明治時代に活躍した作曲家、滝廉太郎や山田耕作がかつてその舞台に立ち、音楽を奏でた場所です。日本における西洋音楽の歴史の重みをその場にいるだけで感じられるようなコンサート会場で一日を過ごせたことは、現代の日本のピアノ教育や、指導する立場にある自分自身の在り方についても考えさせられる大変よい機会になりました。
いま、日本のピアノ教育は「コンクールに出るからしっかり練習しなければ」という考え方と「まぁなんとなく弾けたら」という考え方の二極化が大変進んでいるように思われます。指導者の中には「うちはコンクールに出るような子しか教えないのよ」という方もいらっしゃるようで、なかなか難しい時代だなと感じます。
講義では音楽の世界を、単一的な視点のみならず、数的、歴史的、宗教的、絵画的といった様々な分野から広く深く学ぶことができ、幼少期からこういった教育を取り入れていくことも、これからの日本のピアノ教育には必要だと強く感じています。(言うは易しですが、、、)最終講義で教わったロシアの名教師ネイガウスの言葉『(ピアノ指導においては)できるかぎり生徒の中に別の分野の芸術への愛情を養い、特に詩歌、絵画、建築に対する愛着を育成すること(が大切)』は、とても深く心に残っています。
ロシア的奏法をはじめとする様々な奏法や、作品解釈、楽曲分析の動画などが日常的に数多く配信され、合理的で無駄のない情報がこれだけ溢れていると、プライベートで内面的なレッスンや仲間内での勉強会などは、果たして必要とされているのかどうか悩むこともありますが、知識だけでなく『芸術を愛する心』を育てることが大切だと遺してくれたネイガウスの言葉、そして何より大作曲家たちが見ていた世界を信じて、これからも一歩ずつ前進していきたいと思います。
1年間、ありがとうございました。
また、何か企画します。
イデア・ミュージック・アカデミー
東海教室主任講師
日野あゆみ